第3日目 – 2022年7月31日 日曜日
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シンポジウム5
北陸生殖医学会とのコラボレーションシンポジウム
「胎盤形成とその異常」座長:藤原 浩金沢大学医薬保健研究域医学系産婦人科学
東海林 博樹金沢医科大学一般教育機構生物学
8:40-9:00鏡 京介金沢大学附属病院 周産母子センター抄録
組織透明化技術は蛍光標識と光シート顕微鏡による解析を併用することにより、組織を切片化することなく全体像をデジタル化して3D像や任意の2D像として描出できる点に特徴があり、特に脈管系や神経系の連続するネットワーク構造の立体的な解析に有益とされる。今回我々は蛍光を発する遺伝子改変(CAG-EGFP)マウスを用いて本技術を女性生殖臓器に応用してその有用性を検討したので報告する。まず還流固定時に核染色を加えたCUBIC変法を開発してCAG-EGFPマウスの卵巣を透明化した。卵巣内のEGFP蛋白発現はほぼ均等に観察されたが、その蛍光強度は組織の構成細胞によって顕著な差が認められた。特に顆粒膜細胞において蛍光シグナルが減弱していたため卵胞内にコントラストが生じて卵母細胞の観察が容易であった。その結果光シート顕微鏡により卵巣組織全体の卵母細胞の分布が正確に解析できることが示された。次にCAG-EGFPマウスの非妊娠子宮組織を透明化した。子宮では子宮内膜のEGFPの蛍光シグナルが減弱しており、一方で子宮筋細胞のシグナル強度は高かったため筋層走行の3D構造が明瞭に観察された。その結果内輪筋と外縦筋の間に両筋層をメッシュ状に連結する中間層の存在が新たに示された。さらにこの中間層は自律神経と子宮筋を介在するテロサイトを有しており、両筋層の協調的な収縮運動を制御している可能性が示唆された。さらに野生型メスマウスとCAG-EGFPオスマウスを交配させ妊娠した子宮組織を胎児と胎盤を含んだ状態で透明化した。その結果3D像や任意の2D像でfeto-maternal interface部位の観察が可能となり、子宮内膜内に浸潤している蛍光シグナル陽性の栄養膜細胞を単細胞解像度で空間描出できた。さらにその情報をもとに透明化組織から任意の断面で組織切片を作成し、組織染色による解析を追加できることが示された。
9:00-9:20大黒 多希子金沢大学 疾患モデル総合研究センター 疾患モデル分野抄録
概日リズムは視床下部の中枢時計と各臓器の末梢時計が同期して形成され、体温・血圧やホルモン分泌などの生理機能を調節している。一方で女性は月経周期という月単位の生殖リズムを有している。これまで我々は女子学生の朝食欠食やダイエットなどの空腹ストレスが月経痛を誘導する可能性を報告してきた。さらにマウスを用いた検証で不規則な朝食摂取による空腹ストレスが時計遺伝子の機能異常を誘発することを観察し、「異常な空腹ストレスが子宮末梢時計システムを介して産婦人科疾患の発症を誘導する」との仮説を提唱するに至った。そこで本研究では上記仮説の後半部である子宮の生殖機能に対する子宮時計遺伝子の役割を検討する目的で、プロゲステロン(P4)受容体-creを用いて、時計遺伝子群の中でもコア遺伝子とされるBmal1を子宮特異的に欠損させたマウス(cKO)を作成し,その妊孕性について検討した。その結果、妊娠6日目の胚着床はcKOマウスでも正常に観察されたが、その後着床部位の吸収や胚の成長遅延などの病的な状態を呈し、最終的に全例が流死産に至り生仔を得られなかった。cKOマウスの子宮を組織学的に解析すると、妊娠8日目には脱落膜化部位の縮小、血管新生の阻害および胚の吸収が示され、また妊娠12日目には胎盤の形成不全と母体血管床の減少が観察され、胎盤血流障害の存在が推察された。さらに胎盤組織における子宮NK細胞の発現様式も変化していた。一方で妊娠cKOマウスにP4を補充すると、胎盤の構造異常は改善されないものの母体血管床が増加し、生仔を得られる個体が観察された。以上の知見から子宮時計遺伝子が子宮の生殖機能に重要な役割を演じていること、およびP4補充が構造異常を有する胎盤の機能改善に有効である可能性が示された。なお本研究で行われた動物および遺伝子組み換え実験は、金沢大学の各倫理審査委員会の承認を得て行った。
9:20-9:40藤原 浩金沢大学医薬保健研究域医学系医学類 生殖・発達医学領域産科婦人科学抄録
トロホブラストの浸潤はヒト胚着床や胎盤形成において重要な過程の1つであり、中でも絨毛外トロホブラスト(EVT)は母体の子宮ラセン動脈に沿って子宮筋層内まで浸潤する。これらの血管の内皮と筋層が絨毛外栄養膜細胞で置き換わることにより初めて十分量の胎児への胎盤血流が保たれるため、EVTの子宮内への浸潤は妊娠の維持に必須の現象である。この機構の障害は妊娠の後半期において妊娠高血圧症候群をきたすとされており、母体血管の再構築機構の解析は妊娠高血圧症の発症機序の解明のみならず、その早期診断や早期治療法の開発に繋がると期待される。一方でEVTの浸潤は癌細胞と異なり、子宮筋層内で停止する。このようなEVTの浸潤停止機構の解明は新しい癌の浸潤抑制治療の開発にも貢献する可能性がある。またEVTは他人の細胞であるにも関わらず母体は免疫学的に受け入れ、自己の子宮動脈への浸潤は許容しつつも、その浸潤を制御している。我々はこのようなEVTの浸潤制御機構にケモカイン/ケモカイン受容体、およびケモカインを細胞表面で代謝する細胞膜結合型のペプチダーゼが関与していることを明らかにしてきた。さらにEVTに特異的に発現している新しいペプチダーゼ“laeverin”を発見してこの遺伝子構造を決定したが、最近この分子が免疫細胞からのケモカイン産生を介してEVT-母体免疫細胞間のクロストークに役割を演じている可能性を見出したのでこれを報告する。なお臨床検体の採取と研究利用に関しては本人の承諾および医学倫理審査委員会の承認のもとに施行した。
9:40-10:00東海林 博樹金沢医科大学 一般教育機構 生物学抄録
白血病抑制因子(LIF)は、着床や胎盤形成、胎児の発生過程で重要な役割を果たすことが知られている。我々はこれまでに、胎児の大脳皮質形成にLIFシグナルが重要であることを明らかにし、さらにそのシグナルについて、母体LIFが胎盤からの副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)分泌を介して胎児LIFを誘導するしくみを提唱してきた(母胎間シグナルリレー)。本シンポジウムでは、母体LIFが胎盤栄養膜細胞に作用してACTHの分泌を促進する機構を中心に概説する。 脳下垂体のACTH産生細胞においては、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)に加えて、LIFによりACTH産生が促進されることが報告されている。ラット胎盤栄養膜細胞由来の培養細胞にLIFを添加するとACTHが誘導されたが、この過程にCRHが関係するのかどうかは不明であった。CRHは、従来ヒトを含む霊長類胎盤には発現が認められるが、齧歯類胎盤では発現しないと考えられていた。しかし最近、マウス胎盤でのCRH発現報告が散見され、我々の解析でもマウスで胎齢13.5日をピークとして胎盤栄養膜細胞で発現を認め、それは母獣へのLIF投与により増強された。さらにmouse trophoblast stem cell(mTSCs)培養系でも、分化に伴いCRHの発現が上昇し、LIF添加でさらに増強された。この培養系で、各種阻害剤を用いた解析を進めたところ、ACTH分泌促進はLIFの直接的な作用により、一方ACTH産生促進はLIFで誘導されたCRHを介したautocrine/paracrine経路により起こることが示された。胎盤CRHは、ヒトでは分娩のタイミングの制御に関わるとされるが、マウスでは胎児の発生制御に重要である可能性が示された。 こうしたしくみは、母体感染時の免疫亢進による胎児脳形成障害と密接に関わっていると考えられ、この点についても考察する。
10:00-10:20水本 泰成金沢大学 医薬保健研究域医学系 産科婦人科学抄録
胎盤部トロホブラスト腫瘍(Placental site trophoblastic tumor: PSTT)は極めて稀な絨毛性疾患で、子宮の母体血管に浸潤する絨毛外トロホブラスト(EVT)をその起源とする。父親由来の抗原性を有しているものの妊娠終了後も免疫的に排除されず残存して悪性化したと考えるが、その発生メカニズムは未解明である。我々は最近経験した子宮外転移を有した化学療法抵抗性PSTTの2症例に対して、本邦で初めて免疫チェックポイント(PD-1)阻害剤であるペムブロリズマブを使用したところ、両症例ともに著効を示したものの第1症例は残念ながらペムブロリズマブの休薬後に突然の急激な再燃で死亡した。2症例に共通の病理所見として腫瘍細胞による免疫グロブリンの産生が観察されたため第1症例で遺伝子解析を行ったところ、再発を繰り返すにしたがって再発病巣のV(D)J遺伝子再編成パターンが増加することが示された。さらにSNVを用いて母方および父方アレルを解析したところ、児に継承されなかった「非遺伝性の母方対立遺伝子Daughter-Non-Inherited Maternal Allele:DNIMA」が腫瘍細胞内に検出され、母親細胞由来のDNIMAがPSTTのDNAにintegrateされていることが判明した。また追加したシングルセルの全ゲノム解析から全染色体の広範囲にわたって母親細胞由来DNAが取り込まれていることも明らかとなり、DNIMAがintegrationされた機序として母親の免疫細胞との細胞融合が考えられ、この細胞融合によりPSTTが免疫細胞から免疫回避を含む新たな機能を得た可能性が推察された。これらの知見は癌細胞の免疫回避機構や免疫治療に対する抵抗性獲得機序の解明の端緒となるのみならず、トロホブラストの新たな特性も示唆しているためその解析結果を報告する。
休憩(10分間)
- 10:3012:00
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シンポジウム6
「ゲノムの変化からみた先天異常の成り立ち」座長:黒澤 健司神奈川立こども医療センター遺伝科
小崎 健次郎慶應義塾大学医学部臨床遺伝学センター
10:30-11:00才津 浩智浜松医科大学医学部医学科医化学講座抄録
タンパク質をコードするエクソン領域を網羅的にシークエンス可能なエクソーム解析によって、多くの先天異常疾患の原因となる遺伝子バリアントが同定されています。また、定期的なエクソーム解析データの見直しやエクソームデータを用いたコピー数解析を加えることで、より多くの症例で遺伝子診断が可能となります。しかしながら、単一エクソン巻き込んだ欠失や重複、トランスポゾンの挿入といったゲノム構造異常はエクソーム解析では同定は困難であり、これらのゲノム変化は全ゲノム解析によって同定することが可能です。全ゲノム解析で同定される稀なシークエンスバリアントのうち、タンパク質コード領域に位置するバリアントはわずか1%程度であり、約半分が遺伝子間の領域、約35%がイントロンに位置しています。遺伝子間に位置するバリアントに関してはその評価は困難でありますが、イントロンバリアントに関しては、最近報告されている機械学習を用いたプログラムを用いることでスプライス異常を引き起こす可能性のあるバリアントを抽出することが可能です。さらに、RNA-seqによるトランスクリプトーム解析を行うことで、スプライス異常や発現量の異常、片アレル性の発現遺伝子を調べることが可能で、バリアントが転写産物に与える影響を直接評価可能である。本講演では、全ゲノム解析およびトランスクリプトーム解析によって原因を同定しえた例をお話しし、尿細胞(human urine-derived cells)を用いたトランスクリプトーム解析の有用性についてご紹介いたします。
11:00-11:30要 匡国立成育医療研究センター ゲノム医療研究部抄録
希少疾患の多くに奇形症候群、即ち何らかの先天異常を呈する疾患が含まれている。この希少疾患は、非常に多くの種類が知られているが、うち、約8割は遺伝子関連疾患と言われている。奇形症候群についても、胎児性アルコール・スペクトラム障害のように環境要因が主な原因とされる疾患があるものの、その多くの原因が遺伝子の変化として見出されるため解析対象となっている。そこで、近年、ゲノム解析技術の進歩に伴い、各国で奇形症候群を含む希少疾患に対して網羅的ゲノム解析が行われており、約40%前後でその原因となる遺伝子バリアント(病的バリアント)が特定されている。現在、解析の結果、原因となる遺伝子変化の多くが、de novoで生じていることが確認されている。即ち、発生初期に生じた遺伝子の機能変化が形態形成等に影響を与えており、その分子病理を解明することは、先天異常を理解する上で重要な知見を与えると考えられる。 本講演では、ゲノム変化からみた先天異常(奇形症候群)に関して、演者らの経験も踏まえ、希少疾患全般に対して行われている網羅的ゲノム解析を紹介する。 まず、どのような疾患(症状)が解析対象となっているか、概要や実際の解析例をいくつか紹介し、次に、同じまたは類似の奇形症候群について、その遺伝要因(ゲノム異常)、あるいは環境要因(催奇形因子)など、それぞれを比較することで先天異常の理解が深まる可能性について提示する。そして、複数の原因遺伝子が知られている奇形症候群、即ち遺伝子座異質性が知られている奇形症候群の表現型を詳細に検討することで先天異常の理解が深まる可能性について提示し、奇形症候群(先天異常)の網羅的遺伝子解析により得られる知見が先天異常の成り立ちに貢献できることを考えてみたい。
11:30-12:00小崎 健次郎慶應義塾大学 医学部 臨床遺伝学センター抄録
1927年にMullerがショウジョウバエの生殖細胞への放射線照射によって人工的に突然変異を生じさせることに成功した。次世代のショウジョウバエの形態や行動異常(広義の先天異常)のマッピングにより、多くの先天異常の原因遺伝子が同定された。ヒトにおいては人工的な突然変異の誘導は不可能であり、低頻度に自然発生する先天異常の患者の網羅的ゲノム解析を通じて、変異の検出を試みることとなる。われわれは2000名を越える先天異常の患者および両親の解析を通じて10以上の新規疾患とその原因遺伝子の発見に成功した。PDGFRBおよびCDC42機能亢進型変異については、国内外で10名以上が同定され、それぞれKosaki Overgrowth syndromeおよびTakenouchi-Kosaki syndromeとして確立された。既に国際的な患者会や治療研究のための国際コンソーシアムが形成されている。上記2新規疾患については自験例のゲノム解析を契機に発見された。さらに効率的に新規疾患の同定を図るために国内で「未診断疾患イニシアチブ」が結成され、NSF1異常症(シナプス顆粒の分泌異常)、LSR異常症(Tricellular junctionタンパクの異常症)、CTR9異常症(幹細胞の多分化能の維持)が発見された。国際共同研究により、CDK19異常症・YY1異常症・AFF3異常症が発見された。モデル生物研究者との連携によりヒトで同定された遺伝子変異の機能的な意義の証明が進んだ。NSF異常症ではショウジョウバエモデルが、CTR9異常症およびCDK19異常症ではゼブラフィッシュモデルが、PDGFRB異常症ではマウスモデルが有効であった。今後も、先天異常の患者のゲノム解析を用いた候補遺伝子の同定とモデル生物を用いた検証の組み合わせにより、先天異常の新たな発症機序が解明されると期待される。
休憩(10分間)
- 12:1013:10
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松原 孝宜 パーキンエルマージャパン インフォマティクス事業本部
詳細(PDF)
休憩(20分間)
- 13:3014:30
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特別講演2青山 博昭一般財団法人 残留農薬研究所
抄録
我々を取り巻く様々な環境因子が生体の生殖や発生に及ぼす影響を研究する生殖・発生毒性学は,発足以来60年を越える歴史の中で,日本先天異常学会が一貫して取り組んできた主要な研究テーマの一つである。我々は,様々な化合物の生殖・発生毒性を調べる過程でラットに出現した自然発生突然変異を利用して,それらの異常の起点(塩基配列の変化)から特有の表現型が形成される過程を順次解析することにより,児動物が先天的な形態異常を発症するメカニズムをより深く理解することに努めてきた。すなわち,遺伝学的な手法を用いて原因遺伝子を同定することさえできれば,器官形成期における突然変異遺伝子の発現時期や発現部位を追跡することは比較的容易であり,形態異常が誘発される過程を経時的に観察することにより,同様の形態異常を誘発する様々な化合物の標的分子や異常の発生メカニズムを推測することも可能になると考えたのである。
近年は,毒性学の分野においても,生体に取り込まれた毒性物質が悪影響を誘発する過程をより深く理解すべく,Adverse Outcome Pathway(AOP)の概念に沿った研究が進んでいる。このような研究により,毒性発現の起点となるMolecular Initiating Event(MIE)と出現した毒性兆候(Adverse Outcome)との間に起こる主要な変化(Key Events)を理解することができれば,内分泌かく乱物質の低用量影響問題の解決や甲状腺機能の低下を介した発達神経毒性の迅速な検出に貢献するばかりでなく,いずれは動物実験によらずに未知の物質の毒性を予測することも可能になるものと期待される。
本講演では,改めて生殖・発生毒性学の歴史を振り返りつつ,日本先天異常学会が取り組むべき今後の課題について議論する。
座長:吉木 淳(理化学研究所バイオリソース研究センター)
休憩(10分間)
- 14:4016:40
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シンポジウム7
「妊娠と薬剤 ー降圧剤ー」座長:林 昌洋国家公務員共済組合連合会虎の門病院
下村 和裕第一三共株式会社ワクチン研究所
14:40-15:05
八鍬 奈穂国立成育医療研究センター妊娠と薬情報センター
抄録
本邦では、複数のカルシウム拮抗薬が使用されており、効能・効果として、高血圧症、本態性高血圧、腎実質性高血圧症、狭心症、頻脈性不整脈、心筋梗塞、持続性心房細動、片頭痛が挙げられる。
カルシウム拮抗薬の妊婦への投与は、医薬品添付文書上、ニフェジピンにおいて妊娠20週以降が有益性投与とされている以外は、内服薬全てにおいて禁忌の制限が設けられている。妊婦の項には、「妊婦又は妊娠している可能性のある女性には投与しないこと。動物実験で妊娠末期に投与すると妊娠期間及び分娩時間が延長することが認められている」など、動物実験での影響が記載されている。動物実験の内容は、催奇形性に関するものよりも、出生児の体重増加抑制や妊娠期間及び分娩時間延長の記載が散見される。
一般的に、カルシウム拮抗薬は、高血圧症に対してACE阻害薬、ARB、利尿薬とともに第1選択薬とされている。妊娠中は、ACE阻害薬、ARBは胎児毒性により避ける必要があり、利尿薬については胎盤灌流障害の可能性から通常使用されない。高血圧合併妊娠は、加重型妊娠高血圧腎症や、低出生体重児出産、早産、新生児死亡等の割合が正常血圧妊娠と比較して高いことが報告されており疾患コントロールが重要であるが、医薬品添付文書上、妊娠中の使用を検討することができる医薬品はラベタロール、メチルドパ、ヒドララジン、ニフェジピン(妊娠20週以降)と限られる。
生殖年齢女性ではカルシウム拮抗薬が処方されることも多く、そのなかでもアムロジピン、ニフェジピンは1、2位を占めている。米国、英国では妊婦への投与は禁忌とされておらず、妊娠中の使用に関する情報は大規模ではないが集積されつつある。
本シンポジウムでは、使用頻度の高いニフェジピンやアムロジピンを中心にカルシウム拮抗薬の臨床使用における研究を提示し、妊娠中の使用について考えてみたい。
15:05-15:30
後藤 美賀子国立成育医療研究センター 妊娠と薬情報センター抄録
【背景】β遮断薬もしくはαβ遮断薬は降圧薬や近年では慢性心不全治療や抗不整脈治療に頻用される。アテノロールとラベタロールは妊娠中期以降の使用により子宮内胎児発育遅延や新生児低血糖が生じる可能性があることが判明しているが、コホート研究の結果において催奇形性を認めないため、本邦の添付文書では有益性投与である。一方で同群薬であるカルベジロールとビソプロロールは、心筋症や虚血性心疾患を原因とする慢性心不全や不整脈に対してガイドラインで推奨の記載があるものの、添付文書には「妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないこと」と記載されており妊婦は使用が難しい現状がある。【目的】カルベジロールとビソプロロールの妊娠中の使用に関する安全性を検討する。【方法】カルベジロールとビソプロロールと妊娠について、それぞれシステマティックレビューを行なった。【結果】カルベジロールは、検索された公表文献16報について内容を確認した。16報のうち、英語以外の文献1報、有効性に関するに関する文献1報、妊娠と無関係の文献2報、児の転帰に関する記載のない文献2報、レビュー文献4報、メタ解析文献1報を除外し、5報について詳細を検討した。ビソプロロールは、検索された公表文献27報について内容を確認した。27報のうち、英語以外の文献8報、出産後投与に関する文献1報、妊婦を除外した有効性に関する文献1報、レビュー文献4報を除外し、13報について詳細を検討した。レビューの結果、カルベジロール、ビソプロロールを含むβ遮断薬は、妊娠初期の使用により、先天異常の発生リスクを大きく増加させないと考えられた。【考察】心不全や不整脈を合併するハイリスク妊娠において、あるいは降圧剤で他の選択肢がない場合、カルベジロール、ビソプロロールを使用することによるベネフィットは潜在的なリスクに比べ大きいと思われる。
15:30-15:55
山崎 華子大鵬薬品工業株式会社抄録
妊婦に薬を処方しなければならない場合、または妊娠に気づかずに薬を服用してしまった場合の対応は主に症例対照研究やコホート研究などのヒトのデータを基に行われる。しかし、これらデータの集積には長い期間を要し、発売後の期間が浅く、使用経験の少ない薬ではヒトにおけるデータがほとんどないのが実情である。それに対し非臨床試験(動物実験)成績は承認申請に必要なデータであるため、新たに発売される医薬品には必ず存在する。日本の添付文書および欧米のラベリングではヒトと動物実験の両方のデータから、妊娠に対する危険度が評価されているが、ヒトのデータが集められる前は非臨床試験成績による安全性評価の重要性が増すことになる。また、動物実験データの概要は添付文書やインタビューフォームに記載されており、Web上で公開されている承認申請資料を参照することも可能である。
日本先天異常学会学術集会では15年にわたり妊娠と薬剤に関するシンポジウムを続けているが、今回は降圧薬を取り上げることとした。カルシウム拮抗薬としてはアムロジピン,ニフェジピン、ニカルジピン、ジルチアゼム、β遮断薬としてはビソプロロール,カルベジロール,アテノロール,ラベタロール,プロプラノロールなどが含まれる。 これらのヒトにおけるデータ、臨床における使用上の注意点などは他演者から示されることから、この発表ではこれらのうち代表的なものについて動物実験結果を紹介し、非臨床試験成績から妊娠期間中の薬剤使用の安全性について考えてみたい。
15:55-16:20
林 昌洋虎の門病院 薬剤部抄録
サリドマイドの教訓により、医療従事者はもとより一般の妊婦にも薬物の催奇形性に関する認識が普及し、むしろ過剰な不安を抱く傾向がある。第二のサリドマイド禍を避けるための慎重な配慮の一方で、胎児への影響を懸念するあまり必要な薬物療法が控えられることによる母児の不利益は避ければならない。
治験では、倫理的な配慮から妊婦は一般に除外対象と規定されている。このため新医薬品のヒト胎児への安全性は明らかではないことが多い。このため添付文書には薬物療法の原則論にとどまる記載が多く、医療従事者の判断を難しくしていた。
周産期医療に従事する医師・薬剤師が「生殖発生毒性試験」、「薬剤疫学研究」、「症例報告」、「薬理試験」、「薬物動態試験」等の情報を評価し、妊婦やその家族に薬剤の影響を理解できるよう情報提供できる体制を整えたのが催奇形情報サービス(TIS:Teratology Information Service)の始まりである。
TISのネットワークとして、米国ではOTISが1987年に、欧州ではENTISが1990年に活動を開始した。日本においては1988年に初めてのTISとして虎の門病院に「妊娠と薬相談外来」が開設された。その後、2005年には厚生労働省事業として国立成育医療研究センターに妊娠と薬情報センターが設置され全国47都道府県に拠点病院が設置されTISのネットワークが完成した。
日本におけるTIS黎明期から現在までを振り返り、虎の門病院妊娠と薬相談外来を中心に、科学に基づく臨床と、Informed Decision Makingによるカウンセリング、臨床アウトカムに基づく疫学研究について概説する。
16:20-16:40総合討論
- 16:4018:40
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シンポジウム8
「医薬品の投与に関連する避妊の必要性」座長:村島 温子国立研究開発法人国立成育医療センター妊娠と薬情報センター
下村 和裕第一三共株式会社ワクチン研究所
16:40-17:05
下村 和裕第一三共株式会社 ワクチン研究所
抄録
厚労省から2021年10月に「医薬品の投与に関連する避妊の必要性等に関するガイダンス案」に対して意見の募集が行われた。このガイダンスは生殖可能な患者への医薬品投与による次世代に対する発生毒性および遺伝毒性の潜在的リスクを最小限に抑えることを目的とし、避妊が推奨される条件および避妊期間に係る基本的な考え方が示されている。添付文書上の避妊を規定する際の設定方法および医療現場における当該情報の解釈の助けとなることが期待されている。
本ガイダンス案はまず遺伝毒性のある医薬品とない医薬品に分け、遺伝毒性のない医薬品はさらに発生毒性のある場合とない場合に分類しそれぞれについて男性患者と女性患者における避妊について記載されている。遺伝毒性はないが発生毒性を誘発する医薬品について、男性患者ではパートナーへの精液を介した医薬品の移行による発生毒性リスクを検討する必要があるとされている。避妊期間については最終投与日からの血中の消失期間(半減期の5倍の期間)を代用することが示されている。なお、パートナーの曝露量に安全域を考慮することが適切であるとされていると記載されているが、具体的な記載はない。女性患者でも同様に最終投与日からの血中の消失期間(半減期の5倍の期間)に基づく避妊期間を設定することが必要であるとされている。ただし、無毒性量に対して十分な安全域を確保できる、有効量と無毒性量の比率が大きい医薬品については、次世代へのリスクは考えにくいため、避妊期間の設定は不要と考えると記載されている。しかし、これについても理解を助ける説明はない。
今回の発表では、必要以上の過大な避妊の設定は患者の利益を損なう可能性もあることから、男性患者のパートナーの曝露量の安全域ならびに女性患者における無毒性量に対しての十分な安全域について考えてみたい。
17:05-17:30
森田 健製品評価技術基盤機構 化学物質管理センター抄録
厚生労働省は、2021年10月に医薬品の投与に関連する避妊の必要性等に関するガイダンス案を出した。同案では、避妊に関しては、生殖発生毒性試験及び遺伝毒性試験の結果を参照するとしている。「遺伝毒性のある医薬品」とは、ICHガイダンスS2(R1)にて臨床使用時の遺伝毒性リスクがあると判断された医薬品と定義した。なお、染色体異数性誘発性のみを示す医薬品は、遺伝毒性のある医薬品の範疇には含めないとしている。この考え方は、GHSを含む一般的な「生殖細胞変異原性」の定義とは異なっており、異数性誘発性を避妊対応に含めない妥当性についても懸念がある。本シンポジウムでは、まず、生殖細胞における遺伝毒性について、定義、検出法ならびに「生殖発生毒性」における変異原性関与評価の困難性等について概説する。次いで、避妊を求めている遺伝毒性試験陽性医薬品の現状を確認するために、日本市場にある医薬品のうち、Ames試験あるいはin vivo小核(染色体異常)試験で陽性のものを抽出し、医薬品添付文書における記載の調査結果を報告する。抽出された49剤(Amesのみ陽性9剤、in vivo小核のみ陽性23剤、Amesおよびin vivo小核で陽性17剤)のうち、抗腫瘍薬が19剤を占めた。うち、14剤は生殖細胞変異原とされるもので、うち、8剤は遺伝毒性に基づく男性避妊に関する記載が認められたが、残りの6剤に、避妊に関する記載は認められなかった。生殖細胞に異数性を示す2剤では、その避妊対応に相違が認められた。これらの現状は、ガイダンス案の定める「遺伝毒性のある医薬品」の適切性に対する懸念ならびに今後の医薬品添付文書整備の必要性を示している。なお、本発表に医学的倫理的側面に配慮すべき事項はない。
17:30-17:55
西村 次平医薬品医療機器総合機構抄録
抗悪性腫瘍薬を用いたがん治療を行う生殖可能な患者(男女)への治療中及び治療後の避妊期間に関する推奨事項について、2019年5月に米国食品医薬品局(FDA)、 2020年2月に欧州医薬品庁(EMA)において、それぞれガイダンスが公表されているが、本邦には該当する指針はない。そのような背景のもと、医薬品等規制調和・評価研究事業「生殖能を有する者に対する医薬品の適正使用に関する情報提供のあり方の研究班 2019-2020(日本医療研究開発機構)」において、生殖可能な患者(男女)への医薬品投与による次世代に対する発生毒性および遺伝毒性の潜在的リスクを最小限に抑えることを目的に、医薬品使用時の避妊に対する考え方に係る日本版ガイダンスの作成が進められており、厚生労働省によるパブリックコメントを経て、今般「「医薬品の投与に関連する避妊の必要性等に関するガイダンス)」(避妊ガイダンス)の最終化が検討されている。現時点において、最終化された避妊ガイダンスは公表されていないが、本講演では、発生毒性や遺伝毒性を有する医薬品の胚・胎児発生に関する毒性評価、推奨される避妊期間や注意喚起の考え方について、既承認医薬品を事例に紹介したい。
17:55-18:20
元木 葉子医薬品医療機器総合機構 医薬品安全対策第一部抄録
生殖可能年齢にある女性が医薬品を使用するとき、その医薬品が将来の妊娠および出産に与える影響は回避される必要がある。医薬品を使用している間の妊娠を先延ばしにすることで、医薬品のリスクを回避する手段として用いられるのが避妊である。しかし一方で疾患によっては、避妊によって妊娠時期を先延ばしにしても薬剤の影響がなくなる時期が訪れるとは限らない。避妊が医薬品の使用において問題となることが多いのは、医薬品の投与目的が長期又は生涯の管理を要する疾患の場合である。この場合には、医師が適切な医薬品リスク評価と情報提供を行わなかった場合、リスク回避方法としての避妊という手段の単純な提示は、女性患者本人が人生設計において、子供を持つ選択肢を考える機会そのものを奪ってしまうことにもなる。産婦人科医師であれば身に染みて経験することであるが、妊娠の多くが女性本人にとって意図しない形で経験される。意図しない妊娠とは、必ずしも望まない妊娠を指すものではない。「世界人口白書2022」(国連人口基金)によれば、世界の妊娠の約50%は、女性にとって意図しなかったものであり、日本においては、限られた施設におけるデータではあるが、妊娠の29%が意図しないものであったとする報告がある(2012年、2施設における780妊娠のデータ)。医薬品による治療中の女性が、将来的には妊娠を望んでいる女性であっても、それが意図しない形であれば避妊もできず、適切な時期に妊娠に気付くこともできず、疾患をもつ母体及び胎児の双方にリスクを与える結果にもなる。生殖可能年齢の女性における診療においては、医薬品が妊娠に与えるリスクと避妊の必要性を伝えるのみに終わることなく、妊娠を望む場合には、いつ、どのように、何人こどもを持つのか、妊娠中の疾患管理方法といった、具体的で適切なコミュニケーションを妊娠前からとることが肝要である。
18:20-18:40総合討論
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閉会式、次大会長挨拶