【S4-2】胎盤による母体情報の次世代伝達機構
東北大学 学際科学フロンティア研究所 新領域創成研究部
妊婦の肥満は自身の健康に害悪を及ぼすだけでなく、子に対して2型糖尿病や慢性代謝性疾患の発症リスクを伝播させる。近年、げっ歯類を用いた動物実験において、妊娠中の運動は母親の肥満による仔の耐糖能機能の低下を改善できることが報告されているが、そのメカニズムは不明であった。我々はこれまでの研究で、胎盤由来の液性因子が妊娠期運動効果を伝達しているデータを得たことから、妊娠期運動をしたマウスの血清プロテオミクスと胎盤RNA-seq、胎盤特異的遺伝改変により、妊娠期運動効果伝達因子はsuperoxide dismutase 3 (SOD3)であることを同定した。SOD3は妊娠時運動によって胎盤から分泌され、胎仔肝臓の糖代謝遺伝子プロモーター部位のDNA脱メチル化の誘導と、ヒストンメチル化の一種であるH3K4me3の安定化を促進することで、エピジェネティクス改変を誘導していた。その結果、仔の肝臓における糖代謝遺伝子の発現と糖代謝能が向上し、妊娠時運動によって仔は太りにくい形質を獲得していた。更にSOD3は、身体活動が活発なヒト妊婦の血清と胎盤で有意に増加しており、ヒト応用が有望なタンパク質であることが示唆された。興味深いことにSOD3の効果は抗酸化剤の投与や、生後のSOD3タンパク質の投与では模倣できず、妊娠期の運動の実践的有用性が示唆された。このようにSOD3を介した胎仔臓器と母体胎盤の妊娠期運動誘発性クロストークの発見は、代謝性疾患の次世代伝播機構やその予防方策の立案に極めて重要であると考えられる。本演題ではこれまでの成果を踏まえ、世代間情報伝達研究の最前線と今後の展望についても紹介したい。